中部地方では

イタリア料理の代表

次にピックアップするのは中部、つまりイタリアはローマを中心とした場所となる中部地方についてだ。ここでの料理文化について言及することといえば、それほどないのではと思うかもしれません。確かに北部と南部、その2つが地域の特色を活かした料理を中心として個性的な文化が形成されているため、意外と影が薄いといえば薄いと見ても良いかもしれません。けれど忘れてはいけないことは、そうした北南の料理が生まれた原点、起源は全て中部にあることを失念してはいけない。

そんな中部のイタリア料理についての話ですが、何と言ってもローマだ。ローマといえば先程も微妙にネタにしたのが、某スマホゲームの話だ。ゲーム内で展開されている内容とはいえ、史実に基づく有名な人物が多数その名前を起用されているため、微妙に話とマッチングしているのがなんとも口惜しいところ。だからといって関係はないのだが、ローマといえばやはりカエサルが食事についてどう考えていたのか、その点だけが頭からよぎって仕方がない。古代ローマの時代、彼がいたからこそイタリア料理は世界的に有名なものとなり、世界三大料理であるフランス料理を生み出したといえる影の立て役者だと、それが見て取れるのが十分分かります。しかしだ、その頃のローマには致命的とも言えるのが料理を食べるときのマナーが何一つなっていなかったという点だ。正直、この話を知るまではカエサルに対しては全てに裏切られた人物である、そんな印象を持っていましたがそれも過去の話。今となっては自業自得ではないか、その一点を思うばかり。

ただそれも当時まだ未完成だったフランス料理と邂逅することにより、マナーを会得していったので良かった。まぁこうした歴史があるのもイタリア料理を学ぶ上で、面白い点といえるのかもしれません。そんな中部のイタリア料理について、色々と考察をしていってみよう。

貧富の差が顕著だった

イタリア料理の話をすると、国内の歴史にどうしても触れないといけないのは先ほども話しましたが、それは中部においてもそうです。ただイタリア中部、ローマを始めとした場所においては貴族と庶民との間に食事上の圧倒的な格差があった、それは誰もが言わなくても理解しているはずです。日本でもそう、将軍様には大量の年貢を納めなければならない、それはどんなにひもじくても献上しなければならなかった。もっとわかりやすく言うなら戦争時の話でしょう。軍人には豊富な食料で親族も決して困窮することのないよう配給される一方で、その他大勢の一般庶民には一日1回まともに食事ができるかどうかもわからないような状況に追い込まれる、そのくらいの差がここイタリア中部においてもあった。

貴族は毎夜豪奢な料理に平らげていたが、扱い方は見るも無残な惨状だったと想像していいだろう。それに対して庶民は少ない料理をいかにして活用するか、そんな生活の知恵が必要とされていました。これだけで身も心も寒くなりそうな話ですが、そんな庶民たちが切り出したアイディアとして切り開いたのは、こんな料理だった。

臓物を活用するのが上手なイタリア人

イタリアを訪れたことのある人は存じ上げていると思いますが、この国には肉関係の生鮮食品売り場を覗いてみると、多種多様な食材が取り揃えられているのです。見る人によって印象は異なりますが、日本人には少しグロテスクな物も取り扱っている。けれど現地の人々はそれらを抵抗感無く購入していくのが、動物の臓物だ。臓物と言っても色々種類がありますが、日本人が口にしないようなものもイタリア人にすれば、一手間加えただけで美味しい料理に様変わりできるだけの技術を有しているのです。

これは別に特別なことではなく、イタリアの人にすれば身近な料理だからだ。それは昔、貴族たちが豪勢な料理にふんだんな食材で毎日を楽しく過ごしている中で、庶民に分け与えられる食材は動物の臓物関係だけでした。肉を食べる機会など殆ど無く、また当時は臓物を料理に応用するだけの技術も知識もないため、食べられないものという風な印象しか持たれていませんでした。

だからといって何も食べないわけには行かないため、何とか臓物を使った美味しい料理をとして取り組みが行われていったのです。それこそ何世紀と掛けて研究に研究が重ねられていき、気づけばイタリア料理の中でも、臓物を扱う料理は伝統的な料理という地位を得るまでに昇華された。食糧事情は決して良くはありませんでしたが、貴族だけでは例外であり、庶民はそんな貴族が使わない食材を利用して日々を繋ぐ食事を作り出さなければなりませんでした。

これこそイタリア人の底力

イタリア人はある意味学者肌な国民性が備わっているのかもしれません。日本でも臓物、肉もそうですが、タンやモツなどを食べる機会は非常に多いものの、そこまで日常的に臓物関係の食事をする人は多くはないでしょう。ですがイタリア人は臓物料理が大好きというから、そうした料理が苦手な人には辛い食事情かもしれません。ですがこうも考えられる、貴族たちが贅沢ばかりしている中で自分たちは自分たちで、美味しくて安い料理を創りだすしかないと発起して文化としてのし上げたのだから、そうした技術の確立と研究心は見習うべき点といえる。いっその事、その当時の人達がジャンヌ・ダルク並みの革命を起こして、贅沢をしていた貴族たちの口に臓物を生のまま口にねじ込んでしまえば最高の拷問ではないのか、なんて恐ろしいことを考えてしまう。