トマトとイタリア料理

洗練された料理になるまで

フランス料理を生み出したと言ってもおかしくないイタリア料理ですが、現代に見られるような料理がその頃から既に存在していた、というわけではない。そこまでの発達がなされていたら、ボタンを押しただけで料理が簡単に作られている、なんて技術が誕生していたかもしれません、味を問わないで。古代ローマの時代から料理を味付けることをしていたが、当時はやはり何もかもが手探りの状態で行われていたため、フランス料理を生み出した存在といえるような側面はなく、荒削りの原石みたいな状態だった。

ではいつから現代イタリア料理のような形になったのかを見てみると、行き当たるのは中世において重要な転換期としても名高いルネッサンス期に当たる。文芸を中心とした文化でしたが、その中に料理も含まれており、学校の教科書などで習うことも少ないかもしれません。ですがたしかにこの頃から料理もまたさらに一歩踏み込んだ領域へとシフトしていった。

それからというもの進歩のスピードは凄まじいものとなり、イタリアでは数多くの料理書が制作・出版されるなど旺盛だったと言われています。この頃から料理に底知れぬこだわりが合ったのかもしれません、それが今のシェフたちにもいい影響をもたらしているので、イタリア料理を学術的に調べてみるだけでもやはり奥深い。

そんなイタリア料理において、日本人がテンプレ的に馴染みのある食材『トマト』についても、ある意味機転をもたらしているのです。

イタリア料理でトマトが使用されるまで

日本人はもちろん、世界中の人が恐らく定番と考えているイタリア料理の食材としてあげられる『トマト』ですが、最初からイタリア料理に活用されていたわけではありませんでした。そもそもイタリアにトマトという食材は存在しておらず、料理の歴史において表舞台に立ち始めるのは16世紀頃の中世からとなっています。発見された経緯として、大航海時代にコロンブスが南米からそれまで欧州では見たこともないような食材を持ってきた。その中にトマトが含まれており、当時は世界の中心であったヨーロッパ地方に初めてトマトというものが出始めた。

ただこの当時、トマトをそのまま食材として利用することはなく、何故か観賞用として見るだけに留められたという。何故か、それはトマトの外見があまりに赤々しくて食べるものではないものだと当時は思われていたからだ。分からなくもないかもしれない、現代でこそトマトはありふれた野菜の一種として日常生活の食卓にも頻繁に登場する物となっていますが、もしトマトがまだ世界に知られていなければ奇異な植物が生み出したもの、そう捉えてもおかしくはない。その様からベラドンナと同じように強力な毒素を含んでいると思われていたという。

今だからこそトマトが毒かもしれないと言われて疑う人はそうそういないが、かつてはその様子から見て楽しむもの、花を愛でるように愛されていたことになる。これでもし、食材としての利用法に当時の人が気づかなかったらと思うと、食文化に多大な影響があったでしょう。

その後トマトを料理に活用できないかという取り組みが料理人感の間で行われ、結果として現在まで続くトマトを応用した料理の品々が作り出されているのです。

日本でも

余談だが、日本にトマトが輸入されたのは17世紀頃のことになる。ちょうど江戸時代にさしかかろうとしているくらいの頃合いだ。鎖国体制がより強化される世の中でトマトが流通できただけでもありがたい話ですが、やはり日本でもその様子から食べ物としては見られることはありませんでした。こちらでもやはり、トマトをまるで風物詩のように眺めて侘び寂びを堪能するかのような、そんな扱いだったという。どこのお殿様だと突っ込みたくなりますが、こうした扱いは江戸幕府が終焉を迎えるまで継続していたというから、ある意味面白い話だ。

明治になるとようやくトマトが食材だと知られるようになりますが、その頃には既にイタリア料理でトマトを使用するのは当たり前のことで、応用力も日本のそれとは比べ物にならなくなっていた。こうした点からも、日本とイタリアでは料理に対する熱意と研究意欲の高さに歴然とした差があることを理解できるでしょう。日本料理を否定するわけではありませんが、料理という文化に対する追従の仕方が違うという点が分かればそれでいいでしょう。

トマトがなかったら、

もしイタリア料理にトマトを使うことが当たり前ではなかったとしたら、スパゲティにしてもピザにしても誕生していなかったかもしれない。後々の事を考えると、トマトを使った料理が多いのは違う料理文化が導入してかも知れない。そう考えると、イタリア料理の話をするときにトマトを蔑ろにすることはできない。むしろ重要な分岐点の1つだったと見るべき点だ。